ベンツマーク校サッカー部の次なる挑戦が始まりました。イレブンへの応援を宜しくお願い致します。

区立校との対戦の思い出。

前回のブログをお読み頂き、サッカー部OBの保護者様からメールを頂きました。
懐かしい話に花が咲き、ご了承を頂いた上でそのやりとりをブログに掲載することに致しました。
あまりにニッチな話なのですが。(笑)
以下。

私:U2中学が合同チームで参加すると言うこと。
益々、私立三強の傾向が強くなりそうです。
保:久しぶりに中体連のホームページを見ました。
他区では、ラグビーみたいなスコアもありますね。
部員が集まらない学校もあるみたいで寂しいです。

私:U2中学やO中学の思い出はありますか?
今の部員や保護者の方は、まさかあの二校が強かったなんて思いもしないでしょう。
保:U2中学と言えばあの兄弟と、熱中症。
O中学は、ライバル、PK負け、M君の決勝ゴールでしょう。
ですが、自分のなかでは、O中学のK中学戦のゴールですね。
あれは、衝撃でした。

私:あの兄弟は思い出に残る選手でした。
共にFW,共にレフティー、攻撃>>守備の同じ様なスタイル。
ボールを持たせると本当に厄介なプレイヤーでした。

私:熱中症と言うと、応援母の?救急車で運ばれた?
保:U2中学じゃなかった?O中学でしたか?
私:どちらだったか、わたしも定かじゃないのです。
いつも思っていたのが、地元チーム(=区立校)の応援の熱心さ。
首都圏各地から通学する私立校に比べ、区立校は本当に地元ですから応援への熱の入れ方がまた違う。
チームに活気があれば、応援する側も力が入ります。

あの時は、後方ベンチに座られて熱心に応援をしていた相手方のお母様の声が急に静かになりました。
見ると気を失われている。
わたしは、あまりに熱を入れ過ぎて失神されたのかと思いました。
そう考えればある意味 ‘熱中症’ でしたね。

流石と思ったのがベンツマーク中学の監督先生。
こちらはあたふたするだけですが、ベンチから飛んで来て応急処置をされました。
ああ言う時は敵も味方もありません。
結局、救急車で運ばれたのでしたね。

私:U2中学はモチベーションの上がり下がりがとても分かりやすいチームでした。
あのチームと対戦する時は、早く心を折らせることが大事だと思っていました。
一方、O中学は粘り強いチームで延長、PKとなる試合が多かったですね。
ベンツマーク校サッカー部では ‘屈辱’ と呼ばれる区予選敗退。
長男たちの新人戦区準決勝でO中学にPK負けを喫し、悪い流れで三決も落とすことになりました。

私:M君の決勝ゴールは今でも鮮明に記憶にあります。
O中学とけりをつけた、最後の対戦でのゴールでしたね。
ブログにも書きました。
「素晴らしい、素晴らしい試合でした。」2012.7.8
カメラを構えていたわたしの目の前で放たれたシュートでしたので、その瞬間の写真も残っているのです。

息子たち学年のエース

彼は中高六年間この学年のエースで、数々の感動を私達に与えてくれましたね。
「もういちど。」2015.4.24
「ふたたび見ることができるなんて。」2015.4.26

私:O中学のK中戦ゴールとは?思い出せません。
保:キックオフ直後、パスを数本つないで決めたゴールだったと記憶しています。
私:わたしは一つ上の学年のトップとトップ下、同じ学年のサイドハーフと絶対に忘れられないあのGKです。
あのGKこそ ‘チームの精神的支柱’ というのでしょうね。
保:GKと7番、9番でしたっけ?

 

などなど、懐かしさもあり、こんな会話が続けられました。

嫌な言い方になりますが、当時ベンツマーク中学サッカー部の保護者の皆さんはこう思われていたと思います。
‘都大会に行くのは当たり前。’

長男たちの学年も最後の春・夏と都大会に出場し、U-15高円宮杯東京予選にも進出できました。
そんな彼らも、前述の二校以外にU1中学校には練習試合で負け、O2中学校には予選で引き分けています。

負けて悔しいと思い、また練習を重ねる。
次の対戦を思いを馳せて。
当時区内に切磋琢磨するチームが多く存在したことが、自らの力、そしてモチベーションも上げて行くことに寄与したのではないかと思い起こすのです。

 

がんばれ、ベンツマークイレブン。

 

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