ベンツマーク校サッカー部の次なる挑戦が始まりました。イレブンへの応援を宜しくお願い致します。

この厳しい部活の先に。

この厳しい部活動。
続けて行くうちに ‘なぜ?’と思ってしまう時が出て来てしまうかもしれません。

もう何年も前に、ある部員の一人がこのブログでその気持ちを吐露してくれたことがありました。
「時々何で、眠くしょぼくれた目をこすりながら、先生の怒鳴り声ときつい練習の待っている場所にわざわざ行くのかと思うとやる気がナエます。」
「知りたガール風ボーイ君へ」)2012.0729)

コロナ騒動が起きて数か月、「自宅学習・部活動もなし」という状況が続きました。
中学部ではTリーグ3月開幕リーグの延期・全中の中止(?)、高校部ではインターハイの中止・選手権の方向が決まらずという状況に陥っています。
部員たちにとってはますますモチベーションを保つのが大変なことだろうとわたしは思っています。

今日はある話を紹介したいと思います。
この話は数年前に聞いた話です。
こんな世情ぜひ紹介したいと思い、今回ご父兄をとおして本人に掲載の許可を頂きました。

なぜこんな辛い練習をしているんだろう?
なぜこんな練習を続ける必要があるんだろう?
おそらくこの部活に入って一度はみんながそう思ったのではないでしょうか。
そんなきみたちにぜひ読んで欲しいと思います。

主将も務めた彼は、とても口数の少ない選手でした。
自身の姿勢でチームを引っ張るタイプの典型のような選手でした。

彼はベンツマーク校卒業後、関東一部のサッカー部がある大学に入り競技を続けます。
そして入部1年後に、この間を振り返りながら中高部活のことを部内ブログに寄せています。
その時に、親しくさせて頂いていた彼のご父兄からこの記事を読ませて頂いたのです。

ひょうひょうと練習をこなしていた彼。
しかし本当は、彼がどんな思いで練習をしていたのかを知って本当に驚いたことを覚えています。

その話から一部を抜粋いたします。

(大学)サッカー部での日々も早1年が経ちました。
この1年間は多くの方々のご協力のもと、様々な経験をすることが出来ました。
素晴らしい環境でサッカーが出来ていることに感謝しています。
今回ブログを担当するにあたりテーマとしたいことは、自らが生きていく上で基盤となっている中学・高校時代についてです。

私は、東京X区にあるベンツマーク中学校・高等学校という中高一貫の私立男子校出身です。
歴史ある学校で中高の6年間を過ごしたわけですが、多くの教員や先輩、同輩、後輩に恵まれたと感じています。
特に、中学1年生の頃からお世話になったサッカー部の顧問の先生には多大な影響を受けました。
あれ程の情熱を持って生徒と接してくれる指導者はそう多くないでしょう。

入学したての頃、入部説明会において、
この部では、「生活・勉強・サッカーの全てを大切にしなくてはならないということ」「死ぬ直前まではやるが死ぬまではやらないから安心しろ」ということを言われたことが印象に残っています。

実際に中学1年生時の夏休みに行われた合宿ではグラウンドから宿舎に帰れない程疲れ果ててしまい、おんぶされているところを回収され車に乗せられました。
死ぬんじゃないかと感じることは多々ありましたが、結局今生きているので人間は肉体的限界のはるか前に精神的限界に到達するのだなと身を以て感じました。
当時は先生の意図が分からないことが多々あり、なぜこの程度のことで怒鳴られないといけないのか、走らされないといけないのかなどの不満や、練習中にいつ集合が掛けられてゴールラインにて出走準備をさせられるかなど不安もありましたが、そのことで鍛えられたメンタルは一生のものだと感じています。

私が中学2年生の時、創立130周年記念事業の一環として、校舎改築が開始しました。
その後高校2年生の末まで、工事の影響で校庭が狭くなったり、使えなくなったりするという状況となってしまいました。
校庭がうまく使えない中、屋上の狭いスペースや室内、たまに外部のグラウンド、近隣のランニングコースなどを使いながらの練習となりました。
そんな中でも、毎日のように「出来ることはある、もっと出来る」と私たちを鼓舞してくれる先生の存在は非常に大きなものでした。
高校生の頃、完全にグラウンドが使えなくなり、職員会議等の影響で外部のグラウンドにすら行けなくなってしまった時は、毎日のように、ひたすら階段をダッシュで往復しました。
他の部活動からは、サッカー部ではなく階段部と揶揄されることもありましたが、私の今の武器はこのような中高生活で築かれたと感じています。

このようにがむしゃらに過ごした中高での6年間があったからこそ、レベルや環境の異なる大学での活動で身を以って気付き感じることが出来る部分があったと思います。

高等学校から大学に進み、身を以って感じられたことを大切にしながら基盤を忘れずに、サッカー部での活動の質を高めていきたいです。

文中一部激しい例えがありますが、それはあくまでも例えです。
それは先生に接すれば分かることです。
彼が書いている「あれ程の情熱を持って生徒と接してくれる指導者はそう多くない」という気持ちはわたしもずっと感じていることです。
長男が同じように矛盾・不満を感じていた時には、「後になれば必ずこの意味が分かる」と話したことがありました。

わたしは単なる傍観者。
しかし六年間をやり切った、それも卒業後にベンツマーク校サッカー部のことを知らない人たちに語った彼の本心は説得力があるのではないでしょうか?

なんでこんな厳しい部活で怒鳴られながら練習をしなくてはいけないのだろう?
それがわかるのはまだまだ先。
今をやり切ってください。

この騒動に終わりは必ずくる。
君たちの部活動の成果を披露する大きな場は必ず戻ってくる。
君たちの雄姿を目にすることをわたしも含め多くに人たちが楽しみにしている。
頑張れ、ベンツマークイレブン。

元主将、ありがとう。

がんばれ、ベンツマークイレブン。

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